詐欺です


 こんにちは。米沢穂積です。
「寝てから更新します」と掲示板に書き込んでからはや三日。
 それなのに当サイトが更新されていないというのはいかにも不都合です。
 考えられる解釈は二つ。

(1)この三日間、私は寝ていない

(2)私は寝たが、まだ眼を覚ましていない

 しかし私には確かに床に就いた記憶があります。ならば、私はまだ眠っているのでしょう。道理で頭がぼうっとすると思いました。
 眠ったままでは困るので、サイトを更新することにします。ですが生憎、お知らせするべき新たな情報がありません。近況の報告なら出来ますが、私がどこに行こうと何を楽しもうと、そんなことは皆様にとっては別段面白い話でも何でもないのです。
 というわけで今回も米沢穂積です。




 私の勤める書店は郊外型のチェーン店です。こうした業態は商店街のシャッターストリート化を促すと早くから指摘されてきましたし、実際その通りでしょう。この店の開店以降、都市中心部の昔ながらの書店は私の知るだけでも三軒が廃業となりました。
 行きつけだった某従来型書店が閉店となる日、顔なじみの老店主が見せた憂い深い表情が忘れられません。彼は心底、書店業を愛していたのでしょう。ほとんどの本がダンボール詰めにされてしまっても、棚に残った僅かな本たちに丁寧にはたきをかけていたことを憶えています。
 同情? 何ですかそれはタベモノですか営業努力も資本力も足りない小売が駆逐されるのは当然じゃありませんか取次様にしたところで売れ筋をそんな優先ランクEの店にはまわせませんよははははは。
 ……あれ? おかしいな目が汗をかいてますよ?

 まあそんな些事はともかく、郊外型の店舗は従来型の店舗に比して一般に「お馴染みさん」が付きにくいとも言われます。その事を指して「人と人とのふれあいに欠ける」との批判がなされることもあります。まことにもっともなことです。お客様は神様であるというのに、「人と人とのふれあい」など不遜不敬もいいところ。お客様が上、私達は下。お客様と親しく言葉を交わすなど夢想だに出来ません。
 しかしとはいえ、幾度も当店に行幸を賜る有難い上にも有難きお客様の場合、その御尊顔と御趣味とを一致して憶えていることもままあります。いわゆる「お得意様」といってもいいでしょう(但し、お客様は神様であり最上です。故にお得意様とそうでないお客様を区別し上下をつけることは決して許されません)。
 そうした「お得意様」を少し紹介します。

 まず、毎月決まった日に「月刊アフタヌーン」を立ち読みし遊ばすだけのお客様。この御方の前では、付録を閉じこむためのビニール紐などなんらの障碍にもなりえません。
 宗教系雑誌を三十冊定期購読し遊ばすお客様。私達書店員から見るとお客様に信ずべき神があるというのは奇異なことにも思えますが、ヨブ記の例を引くまでもなく神の行いを人がはかることは出来ないのです。
 ビデオゲームの攻略本を立ち読みされ、詳細なメモをお取り遊ばすお客様。犯罪スレスレであり迷惑行為であり偽神「万引き犯」まであと一歩ですが、この時点ではまだお客様です。境界に位置するマレビト神的存在といっていいでしょう。
 講談社ノベルズを中心に小説を多くお買い上げ下さる年若き女性のお客様。稀にリーフ出版が混じります。

 このようなお得意様は、個性的ではあっても決して想像の範囲を超えてはおりません。「さもありなん」と「おやお珍しい」の間で、お得意様は当店を御利用遊ばします。
 しかし先日、私と店長閣下は、想像外の実に不可思議な、犯罪の気配さえ漂う出来事に出くわしたのです。そう、それはあるお得意様に関わることでした。


 そのお得意様は、初老の女性です。お買い上げ下さる本の種類からして、健康と容姿と体重に細やかな心配りをし遊ばす御方であると断じて間違いはないでしょう。
 そういった本を好まれるお客様は少なくありませんが、そうしたお客様に限って往々にして、お買い上げ下さった本の霊験を疑いたくなるようなやや横に広い体型をされているものです。しかしそのお得意様はその例外で、スレンダーと評しうる範囲の体型を保っておられました。
 それなのにこの夏から秋口にかけて、そのお得意様は急に横幅が広くなり始めたのです。御尊顔も、すっきりとした瓜実風から、ふくよかな温かみのある雰囲気に変わられました。と同時に、何か深刻ささえ感じさせるようだった憂鬱さが払拭され、日々を謳歌しているような明るさがそれに取って代わりました。
 私達書店員は本をお売りするのが役割であり、その本によってお客様が幸福をつかまれたのであれ不幸に叩き落されたのであれ、それは本来は気にかけるようなことではありません。しかしそれでも、神様と敬愛するお客様が心楽しんでおられるご様子は、心和むものでありました。
 しかし、そのお得意様の横幅の広がりは、やや限度を超していったのです。
 秋も深まる今日この頃では、他の神に喩えるなら大黒天のような体型におなり遊ばしました。お客様の年齢を考えると、これは少々危険なことのように思われます。お客様の御身体を案じるなど、僭越極まりないことなのですが……。
 お得意様のお買い上げ下さる本を見れば、決して御趣味の向きが変わられたわけではないことがわかります。「PHP」に「わかさ」に「きょうの健康」、「暮らしの健康」。普段通りと見えました。
 ですがそれは私の見落としだったのです。

 ある平日。店内から人影が消えたところで、店長閣下からお尋ねがありました。
「米沢君。君、さっきのお客様を覚えているかね」
 私は威儀を但し、答えます。
「は、閣下。どのお客様のことでしょうか」
「『ヒョウタンツギがシーウーノアラマンチュ症候群に効く!』以下四冊をお買い上げ下さったお客様のことだ」
 あのお得意様のことです。
 頷きを以って返答に代えると、店長閣下は眉をひそめました。
「あのお客様だが。……最近、過剰にふくよかにおなり遊ばしたとは思わないか?」
 私は驚きを感じました。かの店長閣下にして、そのような僭越な台詞を吐こうとは。書店において上位者の命は本部の命に等しく、絶対的なものではありますが、お客様に関わることであれば話は別です。思わず、言い返しました。
「閣下。それは私どもが考えるべきことではないと考えます」
「フム。本来ならばそうだ」
 閣下は、すっ、と腕組みをなさいました。そして、珍しく躊躇うような色を見せたのも一瞬。どこか声を潜めるようにして、こう仰ったのです。
「米沢君。君は気づいているかね。あのお客様のお買い上げ下さる本の種類が、変わっていることに」
 書店員としてはまだまだ未熟な私は、店長閣下よりもカウンターに立つ頻度は遥かに高いはずです。閣下はより政治的に高度な業務に携わられるからです。それなのに、閣下は私の気づかぬ異常に気づいたというのでしょうか。自らの至らなさに歯噛みしつつ、私はかぶりを振りました。
「いえ閣下。どのように変わっているのでしょう」
「変わっている、と言えば語弊があったかもしれない。抜けているのだよ。……ダイエットに関する本が」
 毒を食らわば皿まで、ということなのでしょうか。一度疑問を口にした店長閣下の言葉は滑らかでした。
「夏の初めに、あのお客様は『究極のダイエット決定版 物理的に正しいカロリー燃焼』という本をお買い上げ下さった。しかしだね、米沢君。それ以降、健康に関する他の種類の本は変わらずお買い上げ下さるのに、ダイエットに関する本だけはお買い上げ頂けなくなったのだ。そうしてあのお客様は、ふくよかになられた。僕はここに、どうも不穏なものを感じて仕方がないのだ」
「不穏?」
 確かに妙な話ではありますが、不穏とはいかにもきな臭い言葉です。
「何か、不穏と思われる理由があるのですか」
「うむ。……実は、『究極のダイエット決定版 物理的に正しいカロリー燃焼』の出版元を、僕は聞いたことがなかったのだ」
 私は目を剥きました。
「閣下が御存じない出版元! まさかそのようなことが?」
 興奮した私と対照を成すように、閣下の表情は沈んでいきます。
「それでだね。僕は思うのだ。あの本は、取次を通して当店に並んだものではないのではないか、と。取次を経た本であれば、僕が版元を知らないなどということは、考えられない」
 大いなる自負ではありますが、それは根拠のないことではありません。実際日本の出版社の八割は暗唱できないようではヒラ書店員でさえ勤まりませんし、店長の位にあるものであれば海外の主要出版社まで知っていて当然なのです。
 戦慄を感じつつ、私はそっと言います。
「閣下。すると、その本は……」
「そう。僕はそれが自費出版なのではないかと、疑っているのだ」
 自費出版! 書店にとっての最後のフロンティアであり同時にタルタロスでもある存在! よもや当店に「それ」が関わってこようとは!
 これまでも、自費出版をした方が当店に自著を置くよう営業に来たことはありました。しかし当店はチェーン店であり、流通は一冊に至るまで管理下にあるのです。本部が命じない限り、あるいは取次様と関係のある別の出版社が間に立たない限り、当店に自費出版の本が並ぶことはありえません。
 それが、当店が自費出版本を売ってしまった、ということは。
「……置き逃げですか」
 店長は重々しく首肯されました。
 自分の懐に金が入らなくてもいい。ただ自分の本が不特定の誰かに読まれれば、それでいい。そうした気持ちは、私とてわからないわけではありません。いや、むしろ、わかる方に入るでしょう。しかし書店員として言うならば、書店に置き逃げするのは檸檬だけにして欲しいものです。
 そんなことを考えていた私は、やがて段々に、店長の憂いの理由を悟りました。
 私達書店は、売った本の内容に責任を持つことはありません。なぜならば、それが本になったことは「正しい」ことだと推定されるからです。著者から読者へと本が渡るまでには、幾重にも審査が行われています。振り落としと言ってもいいかもしれません。その過程で「世に出るべきでない」本は消え、「出るに値する」本だけが残る。それゆえに書店には罪はない。もちろん、ここには本来正しさは存在しません。しかし手続きを経ることによって、それが正しいという推定はされることになるのです。
 しかし、自費出版はそうではありません。そうした、建前だけでも正しさを背にしていない本を売ったことに対し、店長閣下は道義的責任を感じているのでしょう。
「米沢君」
 店長閣下は、憤りや無念を押し隠したような低い声で、問いました。
「あの本をお買い上げ遊ばしてから、あのお客様はダイエットの本をお買い上げ下さらなくなった。それは、あの本が題名通り『決定版』だったからではないだろうか。それなのに、あのお客様はふくよかにおなり遊ばした。僕はここに矛盾を感じ、不穏を感じるのだ。
 あの本は、もう当店にはない。だから、その内容を知ることはできない。しかし米沢君。あの本には何が書いてあったのだろうか。なぜ、お客様はふくよかにおなり遊ばしたのだろうか。
 当店は、お客様に対し、詐欺を働く片棒を担いでしまったのではないだろうか?」
 そんなことをいうなら取次経由だって詐欺としか言いようのない本はまことにもっともな不安です。
 しかし私は、店長閣下ほど深刻な気分にはなりませんでした。
 話の途中から私は、その本がなるほど理に適った主張をしているであろうことを、確信していたからです。「究極のダイエット決定版」に書かれていた内容がダイエットに関するものである合理的なものである以上、当店が道義的責任を負うことはありえないのです。
 私はそのことを店長閣下に伝えました。

以下は道義的責任に基づき背景色で隠してあります。
真相を直観した方、いろんな意味で余裕のある方、民間療法はあまり信じないタチの方、志学以上耳順未満の方のみ、反転でお進みください。


「閣下、ご安心下さい。究極のダイエット法を試した結果ふくよかになってしまうというのは、充分にありうべきことです」
「ほう」
 閣下の愁眉が僅かに開かれたように思われました。しかし無言で、閣下は先を促します。
「かの本のタイトルは『究極のダイエット決定版 物理的に正しいカロリー燃焼』とのことですが、閣下。体重を減らすためには摂取カロリーを減らすか消費カロリーを増やすことによって体脂肪を燃焼させることが肝要と愚考します」
「確かに、タイトルに『カロリー燃焼』とある以上、宿便取りを主題にしているわけではなかろう。……それに、摂取カロリーを減らす方向でも、どうやらなさそうだな」
 賢察に感服しつつ、私は先を続けます。
「では閣下。それまであるカロリーである仕事が出来ていたのに、より大きなカロリーを消費しなければならなくなったとしたら、それは何故でしょうか」
 賢明なる店長閣下はいささかの戸惑いもなく答えられました。
「それは、仕事が大きくなった場合だ」
 私は満足に頷きます。
「そこです、閣下。そこから、かの問題の本の内容が察せられるというものです。
 よろしいですか、閣下。

(1)ダイエットを成功させるためには、消費カロリーを増やす必要がある

 そして、

(2)消費カロリーを増やすためには、仕事を大きくする必要がある

 さらに、です。

(3)仕事量は質量に比例する

 ということを、思い出していただきたいのです」
 そこまで申し上げたところで、店長閣下の表情にはっきりとした光が差しました。流石は閣下、私ごときの考えなどすぐに見通してしまわれます。
「なるほど米沢君、君の言いたいことがわかったよ」
 胸に手をあて頭を垂れながら、私は締めくくりの言葉を述べました。
「そうです。かの本に書かれていたのは恐らく、こういうことだったでしょう。

(4)よって、ダイエットを成功させるためには、自らの体重を増せばよい

 あのお得意様がふくよかになられたのは、このような理由からだったのです」


「素晴らしい! いつになく見事だ米沢君!」
 私は感激に打ち震えました。書店員として、店長閣下からこのような手放しの激賞を受けたのは初めてのことだったのです。普段なにをうそぶいていようとも、やはり他人に褒められるというのはそれだけで嬉しいものなのです。
 閣下は深く感じ入ったご様子で、幾度も頷いておいででした。
「しかしなるほど、実に単純明快だ。まさかそのような方法があったとは。これは失敗のしようがないではないか。まさに完璧なダイエット法だ」
 そうして閣下は、不安が払拭された安心感からか、随分と砕けた調子でこう仰いました。
「うむ、実はだね。僕も中年だ、少し下腹が気になっているんだ。こんな方法があるなら、僕も試してみるかなぁ」
「それがいいでしょう、閣下」
「どうかね、米沢君も付き合わないかね」
 ははは、と私たちは階級の差を越えて笑い合いました。
 爽やかな秋の日差しが、それが希望の印であるかのように、店内に明るく差し込んできます。
 矛盾も詐術も存在しません。私たちの前にはただ、大いなる飛躍が見えるのみでした。



 米沢穂積にご登場願うたび、米澤穂信のなけなしの信用がばりばりとカンナがけされていくのを感じます。おかしいな、私はマゾヒストではなかったと思いますが。

 ちなみに、文頭に出てきた二つの解釈に、

(3)私が約束を破った

 を付け加えてはいけません。泣いてしまいますよ?